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自分を見捨てる前に、抱きしめてあげてください

旧友に「アンナは頭がいいからね」と言われたので彼女と友達ではいられなくなった。

進学、就職、結婚、出産……友人関係は環境の変化と共に消失してしまうことが多い。しかし、時折「旧友」と呼べるような人が生まれる。社会的の立ち位置が変わっても、友情を保てる相手だ。

旧友になればなるほど、昔のアホな私を知っている。数学模試で偏差値25という驚異的に低い数字を出したことや、英語の三人称単数現在形(動詞にsがつくやつ)に取り組んだだけで熱を出したこと。その後気合で偏差値を上げたので、私の中でわりと勉強は「がんばったこと」に入っている。

頑張ったけれど、とても適わないと思う人が同じ高校にいた。受験の直前までひたすら麻雀をし、現役で上智のロシア語学科へ行った知人。その後ロシアへの愛を込めて現地へ移住したらしい。こういう「好きな道をまっすぐ進む」タイプを見ると、私のような凡人は「まぶしいなぁ、世界ってまだまだカッコいい人がいっぱいいるなあ」とワクワクしてしまう。

また、それほど目立たなくても、友人の多くは高校時代に何かへ熱中し、輝いていた。同人誌を出すレベルまで漫画の絵が上手になった・水泳で県大会入賞まで頑張った・料理人を目指しレストランへ修行に入った……ぬくぬくと暖房がきいた屋内でペンを走らせる私なんかよりよほど努力したはずだ。


そういう努力したことのある人に限って「頭がいいからさ、私たちとは違って」という拒絶の言葉を口に出すことがある。それを聞くたびに、私の胸は切なくなる。

「○○は天才だからさ」とか「○○は頭いいから私たちとは違う」という人は、努力を先天性の原因に片付けることでかつて頑張った自分を見捨ててしまう。。「頭がいい」「美人だから」「才能がある」という言葉で、自分の努力を『しょせん先天性のものには叶わない』と制限してしまう。

何かを頑張っても、世間が全部評価してくれる訳ではない。私が幼少期に必死で努力した「早く食べる」ことは体重の増加という悲しい結果しか出さなかったし、方向音痴を直すために車の免許を取ったら訓練所内で人身事故を起こした。高校数学を頑張りつくしてから、志望大学の受験科目に数学が無いと知った。

努力が無駄になることもあれば、頑張ってようやく人の標準レベル、なんてこともある。体や心が先に壊れてしまうこともある。

ただ、その後で自分の努力を「○○さん(のような恵まれた/天才的な/能力の高い)人とは違うから」と線を引いて、自分をおとしめる必要なんてない。努力を一番高く評価して「がんばったね」と言ってあげられるのは自分だけのはずなのに、世間と同じ評価を自分で下すことはない。どんなバカな努力だって、きみの頑張りはきみだけのものだ。

だから「アンナさんは頭がいいから」という言葉をきくと「そんなことないよ、あなたのほうが」と言いたくなって、言っても無駄だとわかって、連絡を取る回数を減らして、世界は離れていく。

ささやかだけれども、もし子どもが生まれたら努力を褒めるようにしよう。「頭いいね」「かけっこ早いね」「すごい才能だね」という言葉で、子どもがわたしから拒絶されたと感じないように。


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テーマ:幸せになる考え方 - ジャンル:心と身体

【2014/12/22 18:50】 | ライフハック | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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