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劣等感を乗り越えるために、これ以上無理しないでほしい

仕事の腕が一流だったのに劣等感に苛まれ続けていた昔の上司と、昔の自分と戦う4年の付き合いになる知人を見ていて、ずっと心がぎゅっと締め付けられるような思いをしているので書く。

人生には、いろいろな初期設定がある。夫婦仲円満なお金持ちの家でたっぷり愛情を注がれて育つ子もいれば、貧困家庭で虐待を受けて育ち、生きるために食べ物を盗まなければいけない子もいる。子どもがその中でどう育つかを見ていくと、私の目へ一番ビビッドに映るのは「見返してやるためにのし上がろうとする」タイプの人だ。

のし上がる、といってもホームレスから大富豪に…的ストーリーではない。この世には相対的貧困率やIQなど「数値化できるハンデ」もあるだろう。しかし、私はあくまでその子が「私の人生は最初からついてないほうだ」と思ったなら、その気持ちが一番大切だと思っている。子供の目で見た「世界」で自分が劣っている、家庭が荒んでいると感じた、という経験がその子の内面に影響するものだから。

劣等感を幼少期に感じた、あるいは「自分の家庭や自分は異質だ」と感じた児童が大人になるまでにとる選択肢はいろいろあれ、最終的に「A.劣等感を脱ぎ捨てた幸せな人間になる」か「B.劣等感を見返すための絶えない努力を続ける」人間になる。

本当はさらに「C.幼少期のトラウマを埋めるために刹那的な人生に走る」があるが、こちらは境界性パーソナリティ障害で語られ尽くしているので今回は書かない。

A.劣等感を脱ぎ捨てた幸せな人間になる

例えば愛情不足の家庭に育った(と感じている)人が、育つにつれて優れた友人やパートナーに出会い「かつて苦しんでいた自分も含めて幸せでいいんだ」と思い始めて、気づけば劣等感なんてどうでもよくなっていた……というパターン。

自分がなんとなく「普通の人」とは違うことを意識しているが、それで悩むことも人を傷つけることもない。「別に変だっていいじゃん。人生面白いっしょ」と思っている人が多い。

私が最も尊敬するこのタイプの人は、大学寮の廊下でいきなり踊り始める(本人曰く「だって踊りたくなったんだもん」)など謎の行動を披露しつつ就職し、個性を発揮して大企業の営業成績1位に輝いていた。……が、本人にとっては営業成績より家庭が1番らしく、今は子育てに熱中している。

彼女の小さい頃の話を質問するとド悲惨な話が混ざっていることもある。しかし本人が「いいよいいよ昔の話だし~」と乗り越えて気にもしていないのでこっちも安心してしまう。


B.劣等感を見返すための絶えない努力を続ける

例えば愛情不足の家庭に育った(と感じている)人が、その苦しさを乗り越えるために社会的な地位を求めるパターン。最初は受験、次に就職という形で現れる。愛情不足の家庭では「勉強ができることは褒めてもらえた」ケースもあるので特に助長されやすい。

その結果「三菱商事で成功している俺の華々しいキャリア」とか「外資投資銀行で出世街道をひた走る私」といった経歴や、さらに言うとただ多忙であることを「人生のあるべき姿」としてセットするようになる。

人生の志が高いことはすばらしいことなのだが、その結果「忙しくないと落ち込む」「思うようにキャリアが進まない自分を受け入れられない」という新しい苦しみが生まれやすい。

パーソナリティ障害を専門とする医師によると、男性の場合はキャリア(会社名、激務度、職種)に縛られやすく、女性の場合は自分に言い寄ってくる相手のキャリアが特に「自分を支えるもの」になりがちだそうだ。


こう書いていくと、あたかも劣等感を乗り越えようとする人の方が悪いように見えるが、それは誤解だ。そもそも「B.劣等感を見返すための絶えない努力を続ける」ができる人は、ベースとして優秀なことが多い。優秀だからこそ努力である程度の苦しみを超えてきた。しかし学問、仕事、モテといった世界には、果てしないほどの上がいる。さらに上・下で図れない関係性もたくさんある。それを「上には上がいるって楽しい、すごい」と思わず「こいつら全員負かしてやる」と思う人は、目こそギラギラ輝いていこそすれ、焦燥感にいつも追いかけられている。

だからこの生き方をしているひとを見ると、とても苦しそうだなと思う。ただ、これをストレートに苦しみながら劣等感を超えようとする人へ伝えてもうまくいかないことが多い。「劣等感が適度に無くなった人間が攻撃してきた」とみなされるからだ。自分がこんなに苦しい生育環境でも頑張ってきたのに、あいつは何だへらへらしやがって……という構図に見えるのだろう。

いま必死で昔のみじめだった自分を乗り越えようと頑張る人がこのブログを読んでくれていたらカウンセリングやら占い師やらで好きなだけ過去の膿になった話をして「人の役に立たなくても幸せな自分」をとりあえずその時間だけでも体験してみることを勧めたい。お金を払っているから、罪悪感なく自分の過去を話せると思う。「劣等感吐き出してスッキリした体験」って案外クセになって、そのまま劣等感が小さくなるものだから、きっと。


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【2014/12/19 13:06】 | ライフハック | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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コメント
ここのところずっと仕事を休んでいる同僚がいます。いつも優等生姿勢を崩そうとしない人なので、ただ、ただ彼女の健康とご多幸を祈るばかりです。
【2014/12/21 00:50】 URL | ライム #-[ 編集] | page top↑
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