スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
【サンプル付き告知】『ビッチ大全』12/30(火)冬コミ東W40aブースにて発売決定!

ビッチの生態を分析、パターン化して完全攻略法を掲載した『ビッチ大全』が冬コミにて発売されます!


005_JBA.jpg

主なコンテンツはこちら!

☆ ビッチってどんな人?定義と分類

001_JBA.jpg


☆ あなたはどのビッチ?チャートでわかるビッチ診断

002_JBA.jpg


☆ ビッチちゃんのファッション、言動から出没スポットまでフルカバー!

003_JBA.jpg


☆ 東京オススメラブホマップ

004_JBA.jpg

配置: 12/30(火)冬コミ東W40aブース

売上げの一部は各種寄付団体および人生がハードそうだと判断した個人へ寄付されます。
定価は安心プライス300円。皆様のお越しをお待ちしております!


【2014/12/08 21:18】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
バイセクシュアルの小さな夢。

バイセクシュアルと自覚したのは15歳のころで、それまでは自分がレズビアンだと思っていた。初恋の相手は同級生の女の子で、彼女のために生きようと思い、彼女を養いたくて進路を決めてきた。もちろん彼女は私の恋愛感情を友情だと思っていたし、告白するつもりもなかった。

15歳の頃、男の子に告白されて”まぁ、いいや”とノリで付き合い始めたとき、私は彼女を裏切ったと思った。実際には、彼女は私のことを祝福してくれた。そして私は彼氏がいるくせに、傷ついた。「この子は本当に私を友達としてしか思ってなかった」ということを知らされて。今思えば身勝手な話。

バイセクシュアルの肩身は狭い。LGBT(性的マイノリティの略語。頭文字はレズビアン/ゲイ/バイセクシュアル/トランスジェンダーを表す)の中でも、最も排斥されやすい。女性しか愛さない、男性しか愛さないという性が圧倒的に多い中で「両性愛者」は異性の相手を選ぶことで世間体を守ることもできる”いいとこどり”の気配がある。私自身、圧倒的にゲイ・ビアンの人に比べて世間と戦ってきたものが少ないと思う。

しかし、だからこそ私はノンケの女性を愛しても仲良くしたり、ましてや告白して付き合ったりということを諦めてきた。たとえ相手がビアンで、私に興味を持ってくれてもそれは「ビアンの人が持っている数少ないパイを奪う」ように思われた。今書いていても傲慢な話だと思いつつ。

例えば今私が恋している人は男性だ。相手に魅力を感じていることは間違いないが、「同性を選ばないようにする力」が皆無だったと言える自信はない。私はレズビアンのパートナーを持つことでビアンの世界から女性を奪ってはいけないし、「バイセクシュアルだから男性を選ぶことが一番世間と摩擦がない」と思った。その結果バイセクシュアルが最も嫌われるところの「いいとこどり」に落ち着こうとしている。

結局男性とパートナーになりたがるのはなぜ、という質問に「いや、女性で私を選んでくれるような相手がいなくてさ」とヘラヘラやり過ごしてきた。しかし本当はそういう人が私に近寄ると、走って逃げていた。私を選んで彼女に得があるはずもない、と思っていた。

そうして気づけば、当初の初恋の相手も、私から離れていた。私がバイだとどこからか伝わったのかもしれないし、私の性的な目線に気づいたのかもしれなかった。(恋してない相手からの性的な目線って気持ち悪いものだしね)それでますます女性との恋愛が怖くなった。

そのあと、男性のパートナーがいるときでも、女性を家に上げるのが怖くなっていった。恋愛対象でないのに彼女がそう思ったらどう思うだろう?パートナーが浮気だと思ったらどうしよう?パートナーが女性を家に上げてもなんとも思わないのに、同じ恋愛対象の男性を家に上げると男性で怒るのはなぜだろう?そうしてなんだか私は誰かと二人きりが怖くなり、家は一時誰も入らない空間になった。

今のささやかな夢は、バイの人たちと何も気にせずささやかにお茶をすることだ。
ビアン・ゲイの方から向けられる「どうせあなたはマジョリティの側でしょ」という目線も、「まさかあなたが私を性的に見てるかもしれないなんて」という怯えにも疲れてしまった。そんなに誰も愛せるはずないよ、だって心が狭いもの。と思いながら、いつかいつかのお茶の間を夢見ている。

【2014/12/07 01:34】 | 恋愛こじらせ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
外資でメンタルを潰さずに圧倒的成長をする習慣「自己啓発本を書くマネ」

私の前職はバリバリ働く外資で、非常に長い労働時間と上司と1対1で行われる指導が売りでした。新卒も入社半年でプロジェクトを5つ回せなければ、チームが回らないほどの少数精鋭。ありえないスピードで新人をたたき、伸ばすことが上司にも求められていました。

私は入社で潰れかけた1人でした。同期が帰宅する中で残ってオフィスのフロアで寝たり、食事も取らずに12時間働いてぶっ倒れそうになっていました。私の最初の上司はとても面倒見のいい人で、丁寧な指導をしてくれるので社内でも「あの人の部下になりたい」と担当部門へ異動希望がくるほど。

そんな上司から教わった「メンタルを病まずに、成長する方法」が【自己啓発本を書くマネをする】ことでした。怠け者の私が今でも続いている唯一の習慣です。その上司も昔の上司に教わったとのことなので、著作権で訴えられることもないだろうと信じつつ共有します。


1.自分が自己啓発本をいつか書くと思い込む

あなたはこれから「カッコいいグローバルビジネスエリート」として自己啓発本を書くことになります。しかしまだ本は真っ白。本を完成させるためには「あなたがこれから歩むグローバルエリート街道を進む上でぶつかった実際の経験」をもとに学んだことを書く必要があります。

自己啓発本を読む人は基本的に長い文章や、ロジカルすぎることは嫌いです。細かい章立てで、経験を頼りに学んだことをまとめると思ってください。将来的には「有名大手企業で学んだハイスペの俺様が実践する111の秘訣」にでもなるでしょう。


2.失敗・感じたこと・改善策をセットでまとめる

まず、自分が犯したミスを思い出します。例えば、「大事なお取引先への電話で”超いいっすね”とうっかり敬語を忘れた」といった小さなことでかまいません。

次にそこで感じたことを書いていきます。「たかが言葉のミスと思ったが、先方の上司まで叱責に出てきて恐ろしい思いをした」といったように、素直に感じたことを書いてください。自分が何が悪かったか判らなくてもいいです。

最後に「電話をする前にイメージトレーニングをする。イメトレを忘れないよう電話機へ”イメトレ”と文字を書いて貼り付ける」と改善策を書きます。なお、改善策は必ず「すぐできる行動」だけにしてください。次回から気をつけるといった“心理的な変化”や電話口で敬語を間違えないといった“具体性に欠けるもの”は意味がありません。書いてから1分以内に実現できるものが目安です。


3.上から目線で「表題」をつける

完成させる前に、上から目線の表題をつけましょう。自己啓発本の目次に出てくる部分です。例えば上記の電話の事例なら「ささいな敬語で1億円を失うと知れ」とかです。オーバーすぎる&上から目線すぎるくらいだと覚えやすくていいです。

私が今でも自分で書いて(恥ずかしさのあまり)鮮明に覚えている表題は「プランが他人に殺されるまえに自分で殺せ」です。お陰でプレゼン資料を予め上司目線で見直し、チェックすることができるようになりました。


こうしてできるのが、下の画像のようなまとめ。これを月に1回くらいのペースで作り、ファイリングしていくだけでなんと自己啓発本が完成……というのが目的ではなく、3つの効用があります。

hyou1204.jpg



効能1 心が落ち着く

なれない仕事をして、ましてや失敗すれば心は不安になります。右も左もわからないまま叱られるのは辛いことです。それが、こうしてまとめるだけで「ショックな出来事」から「学んだこと」に変化します。感じたことを文字にすることで受け止め、メタ視点で捉えることで安定した心を維持できるようになります。安定した心で受け止める失敗は「学んだこと」へ変わるでしょう。


効能2 成長した自分を実感できるようになる

新人の頃書いていたものをたまに読み返すと、今の自分ができるようになった当たり前のことを書いているはずです。そうして「そうか、自分は停滞していたわけじゃないんだ」と思い出すことで前を向けるようになります。今の苦しみは、将来の自信だと記録でわかると、成長を実感でき継続しやすいです。


効能3 部下の指導に役立つ

私は前職で働いた後、今はマネージャーとして部下(という名の先輩社員ですが)を持っています。チームで率いる経験をするとき、かつての自分のメモは「部下がいつか通る道」です。
どういう経緯で失敗したかを思い返すことで、部下を叱責することなく失敗も含めて見守ることができるようになります。特に新人ならではの失敗は、部下に「昔自分もこういう失敗をして」と伝えることで部下のストレスも軽減できるはず。


今回は自分で自分にウエメセで書く自己啓発本スタイルを紹介致しました。もしお気に召しましたら、気負わなくていいので、遊びのつもりでやってみてください。


テーマ:就職・転職・起業 - ジャンル:就職・お仕事

【2014/12/04 19:03】 | ライフハック | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
「小4なりすまし」で有名になった慶應AO入試は優れた試験方式

青木大和氏が小学4年生を騙り、安倍政権を批判(当該ウェブサイトを見る限り煽りに近い)した件で、久しぶりに大きな炎上がネットでおきた。当初は私も「アホが出たなぁ」くらいに見ていたのだが、彼がAO入試入学者であることが判明すると、とたんに「だからAOはバカが出る」とバッシングされはじめた。
青木大和がアホ → 青木大和を入学させるような入試方法はアホ というロジックに繋がってしまったのである。

学生や社員の本業と関係の無い不祥事を所属団体に負わせること自体おかしいのであって、青木氏がどうであれ「AO入試は(少なくとも慶應において)すばらしい入試方法だ」ということを書いておきたい。なお、私はFIT入試で書類まで合格したが途中辞退し、別の方式で合格して入学した者である。

慶應はもともと福沢諭吉が「天は人の上に人を作らずと言ったがそんなわきゃない、世の中出自で理不尽に決まるものだ。世の中、庶民でも社会で大成できるシステムを作る必要がある」といった目的でできた学校で、そのせいか私立大学にも関わらず学費はかなり安い。

しかしその後社会に出た「元・庶民」は自分の子弟を同じ大学へ入れたがり、慶應を経由して金持ちになった人が子供でリピート→金持ちが行くイメージのある大学になった。その結果、近年内部進学生を含めると大学入学者の過半数が首都圏出身となってしまった。

なら一般入試の合格人数を増やせばいいじゃないか、というのが筋だろう。センター試験を利用したものと、学内独自試験で実施するものだ。しかし、2012年より慶應はセンター入試による入学を停止した。なぜそのような事態になったか。


実は、何人もの関係者が「一般入試組、特にセンター入試組みの留年率の高さ」を嘆いていた。入学試験で最も勉強に励んだはずの一般入試組が、入学後の成績が奮わず留年や退学にいたるケースが多く見られたのだ。

一般論として、大学に入学するとそれまでの学習とは異なり「自分で問いを発見し、仮説を立て検証する」ことが必要になる。自分の学習する分野の先行研究を調べ、穴を見つけて「もしかすると○○なんじゃないだろうか?」という感覚をロジカルに証明する。

学部生では実証までは求められなくても「議論の本質をつかむ→自分で問いを立てる→精度の高い仮説を作る」くらいまでは学ぶだろう。仮説が間違っていてもいい。実証を試みて仮説の誤りに気づき、修正するプロセス自体が学問なのである。


対してセンター入試は大学の勉強と間逆の「難易度中くらいの問いにミスなく答え続ける」タイプの勉強である。求められているのは非常に高い正確さ。医学部のように「将来1つでもミスをするとキャリアに傷がつく」職業を目指すタイプの人間には必要な訓練でもある。

しかし、センター入試対策「だけ」の勉強をしてきた学生は入学後の「議論の本質をつかむ」まではできても「自分で問いを立てる」部分で躓きやすい。

実は、慶應内部進学生はこの点に秀でていることが多い。早くは小学校から自ら問いを立てて答える練習をしているので、大学も「高校の延長」として捉えられる。そんな内部進学生を見て、センター入試組は(単に訓練してきた勉強のしかたが違うだけなのだが)「自分のほうが努力してきたはずなのに、授業についていけない」と精神的にも追い詰められやすい。結果、大学へ顔を出さなくなりそのままフェイドアウト……に繋がる。


しかし、先に述べたとおり「首都圏お金持ち私立大学」になりたくはない慶應の方針として「いかに入学後成功できる学生を、地域の偏りなく取れるか」は課題であった。そこで生まれた施策のひとつが、AO入試=FIT入試であったと聞いている。そのため、FIT入試の一部は全国をブロックに分け「地域ブロック別に合格者を出す」と定めている。

また、AO入試とはいえ「一芸入試」にならないよう高校の成績が提出書類に含まれ、さらに「プラスアルファ」がある人間を採用できるよう努めた。また出願には2000字の自己推薦、数値化できる課外活動実績の提出などなるべく可視化された実績を求めている。

この「学業成績プラスアルファの課外実績」を求める入試は英国でも一般的(自己推薦の内容で人によって筆記の必要点数が変わる)だったりと、海外の事例から学んだ形跡がある。また、FIT入試で入った学生の学内成績は概ね好調と聞いている。トリリンガルの学生、哲学で深い知見を見出す学生など、私の友人でもFIT経由で入った学生は「優秀かつ特技が尖った」人が多かった。


では、なぜAO入試で目立つほどのアホがたまに入学してしまうのか。
これは(1)単純な確率の問題、と(2)AO入試対策に特化してしまった予備校の2点を挙げたい。

まず(1)単純な確率の問題だが、どんな試験でもアホは入学できてしまうことがある。一般入試で奇跡的にヤマが当たっただけの学生が入ることもあるし、AO入試で事前に読んだ論文の教授がドンピシャで試験官になることもある。ただしAO入試は合格者数が少ないために「アホが入る」と目立つのだ。

一般入試で入った人間が青木大和氏と同じ問題を起こしても、ニュースに「一般入試の慶應生、小4を騙り安倍バッシング」とは書かれまいし、ましてや「だから一般入試生はバカなんだ、一般入試をなくせ」とはならないだろう。

次に(2)AO入試対策に特化してしまった予備校の存在。青木大和氏も在籍していたAO義塾をはじめとする、小手先のテクニックでなんとか試験官を騙そうというタイプの予備校ができた。学内の生徒であればどの教授がFIT入試を担当しているかも判り、対策が立てやすい。

フィールドワークを専門とする学者が試験官なら「自分の足でやった実施調査の成果を自己推薦文に書け」とかいえてしまうわけである。しかし、こういう指導を受けてからFIT対策をする学生は本質的にセンター試験を受けている生徒と何も変わらない。せっかく「自分で問いを発見し、研究できる学生」を探した入試を、センター試験化しているのだ。


そういう意味で、青木大和氏はよほど小4のふりをするより、大きな悪影響を後輩に残していたといえる。青木氏は自分の頭で考えて、小4のふりをする、というバカなことをしたかもしれないが、AO義塾のようなAO入試で研究に不向きな学生を入学させる手伝いは「小4のふりもできないバカ」を入れてしまう可能性があったからだ。

【2014/12/03 12:33】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
なぜ男と女で選ぶ「美味しいお店」はかみ合わないのか?


男性が「自分の気に入った店」をデートコースへ選ぶと、女性は何がしかの不満を抱くことが多い。逆に、女性のお気に入りのカフェでクロワッサンサンドを食べながら、男性も「悪い店じゃないんだけどなぁ」と思っている。なぜデートで男女は「デート用の店」を自分のお気に入りとは別に考慮せねばならないのだろうか。

理由1 評価方法が異なる

まず誤解のないように言っておくが、男女で店の評価をするポイントは同じだ。人の話を聞く限りだが、店は8種類で評価されている。「メニューの豊富さ、景観、清潔さ、(最寄り駅などからの)近さ、味、雰囲気、店員の質、お手洗いの清潔さ、そしてコストパフォーマンス」。変数は多いが、おおむね反対意見はないと思う。しかし、男女では決定的にこれらのポイントをどう評価するかが異なるのだ。

まず、男性がお店を勧める様子を想像してみてほしい。
「この店、メニュー1種類しかないし店もジトっとしてるけど、とにかくウマいんだよ」なんて、ありがちな表現ではないだろうか。図解にするとこんな感じだ。

m_01.jpg


次に、女性がレストランを評価する言葉を聞いてみてほしい。
「このお店、すごくキレイだし店員さんも素敵で、味も良かったよ」がよくある女性のほめ方だと思う。同じくレーダーチャートにすると、こんな感じ。

f_01.jpg


このテンプレから男女を比較すると、1つ大きな違いが見つかる。男性は、店に欠点があってもそれを「凌駕する長所があれば」評価する。女性は「店に目に付く欠点がない」と高く評価する。よく恋愛関係で「男は加点方式、女は減点方式」などと言われるが、それはレストランの評価においても同じだ。男は味がめちゃくちゃ美味しければ店内にハトが入り込んでも許せる(ラーメン二郎三田店のことです)が、女は突出したものよりも、瑕疵が無いことを好むのでそれなら味が普通でも、いや「普通の」店へ行きたいのである。

その結果女性がデートで最も行きたくなるレストランは「全ての評価が底上げされた店」になる。景観、店員の質、味、雰囲気etc...が5段階中3.5点(以上)の店が"最高のレストラン"なのだ。その結果、女性にとっての最高のレストランはしばしば高級ホテルの店になる。高級ホテルの店はスタンダードが高いからだ。

そして男性はホテルの最上階で喜ぶ女性を尻目に「このステーキ、まずくはないけど、コスパ悪いなぁ」なんて思ってしまうのである。男性の算段で女性が「その後食べるもの」に入っているなら、コスパは緩和されるかもしれないが。


理由2 優先順位のつけかた

前段ではさまざまなポイントにおける「評価方法」について書いたが、2点目は「優先順位」の差だ。レーダーチャートだとあたかも男女でお店をポイント毎に平等評価しているように見えるが、男女で評価の優先順位に異なる傾向があるように思える。

男性は「味」「コスパ」など、個人の満足に対して評価をつけやすい。8指標の中で「味」は最も主観的で、意見が分かれる部分である。そこに対して高い評価を払うということは、個人の満足に対して男性は良い店・悪い店の判断を下していると考えられる。極端な話、2人でご飯を食べても「あいつにとってこの店は不味くて悪い店でも、俺にとっては美味いから良い店」といった判断もある。

そして女性は「雰囲気」「トイレの質」など、参加者全体の満足に対して評価をつけやすい。トイレがきれいかどうか、というのはあまり評価が人によってぶれない分野だ(と信じたい)。参加者全員の満足度が高くなるような店を選ぶこと自体が、女性にとっては幸福度につながりやすい。「○○ちゃんが紹介してくれたあの店よかったね」が○○ちゃん自身の評価にも繋がるからだ。したがって「味」「コスパ」といった主観が混ざるものは、優先順位が下位になりやすい。ただし、優先順位が下位でもスタンダードが高いことを女性は求めるので「ものすごく不味いけど雰囲気のいい店」もアウトになる。


まとめると、こうなる。

・男性は1点評価、女性は平均点評価

・男性は「俺の満足度」 女性は「みんなの満足度」

もし男性が女性とご飯を食べるなら、全体評価を気にしながらお店を選ぶといいだろう。自分のお勧めの店が月島のもんじゃでも、恵比寿のスペインバルのほうがいい。月島のもんじゃは「美味しくて、コスパがいい」かもしれないが「トイレの質、店員のプロ対応、清潔さ、景観」などで明らかに劣るからだ。「あえてアラ探しをして、アラがすぐ見つかる店」を避けることでいいデートレストランが選べると思う。なお、ファミレスはこの定義に当てはまるが「全体的にスタンダードが低いだけ」なのでやめておけ。

もし女性が男性とご飯を食べるセッティングをするなら、男性からまずオススメの店を1つ聞いたほうがいい。彼なりのこだわりがわかるはずだ。雰囲気さえ良ければという彼には素敵な隠れ家バーを案内したほうがいいし、味にとにかくこだわるならミシュランガイドを買ってきたほうが早い。(ミシュランでも外すことは多々あるけど)彼なりの主観的なこだわりを知って、そこをとことん追求してあげたほうが喜ばれるだろう。

【2014/12/01 12:52】 | ライフハック | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
前ページ | ホーム |
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。